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板祐生 ―― 人とコレクション
稲田セツ子/「祐生出会いの館」調査研究員


[2] 孔版画への執念

祐生の孔版画
祐生の孔版画を「白粉のような朝靄が山肌を薄くぼかし、稲穂に宿る露がきらりと光る白味がかった朝を思わせる色調」と評した人がありました。正に祐生の孔版画を上手く表現した言葉だといえます。
学校の教材を刷っていた時、原紙が破れたことに目を見張り、「切ったらもっと美しい線が出るはずだ」。これが切り抜き孔版への着眼の一瞬であったといいます。それからひたすら“切る”ことに没頭し、へき地の分校の一室で独学で完成させた祐生独特の孔版画の世界が生まれたのです。当時、版画界にはこの技法は受け入れられず、無視すらされていました。その孔版画を芸術版画の一分野にまで高めた祐生の努力は、孔版界に残る功績としてたたえられています。

「私が版を切る時にこそ、作者の命が流れる」といい、更に「印刷の神髄は精巧ではなく、求むるのはその気韻であり、情熱の躍動である」といった祐生は、時には十数回もの色の重ね刷りによって他の版種では出せない独特の味わいを出すことに命をかけ、情熱を傾けたのでした。
「版」の耐久性、印刷のにじみなどへの模索と努力は、並大抵のものではなかったと思われます。お礼としての、またお見舞いとしてのつつましやかな孔版画は、次第に私家本としての体裁を整え、やがて集大成としての「富士の屋草紙」全39巻として世に出ました。
私家本「髫髪歓賞」
流ちょうな文章と美しい孔版画が一体となった「草紙」は、感興のおもむくまま綴られた収集品への愛の心や郷土愛を謳歌したものでした。この他、郷土玩具への思いを伝えてくれるものに「髫髪(うない)歓賞」全6巻、「富士乃屋おもちゃ籠」全3巻などの作品があり、頂いた玩具を美しい孔版画にしてその由来や入手経路などを記しています。

晩年の絵暦と蔵書票は、祐生の切り抜き技法のすべてを傾注して刷り上げた芸術の薫り高い作品で、祐生の孔版画への執念が正に開花したという思いがします。「味わい」を一生追求してやまなかった祐生の作品が醸す「美しさ」と「温かさ」は、すべて手作り、手仕事からでる味でしかありません。後世に燦然と輝く祐生の遺徳は、郷土の文化史の上にも永遠に光を灯すことでしょう。

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