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板祐生学入門
[11] 祐生版画の魅力
文/志村章子

祐生作品でよく知られるのが、壮年期に制作された私家本群、晩年の美しい多色刷りの蔵書票(エキス・リブリス)や絵暦(カレンダー)でしょう。
私がはじめて祐生作品を見たときの印象は忘れ難いものがあります。祐生独自の形と色は見る者を穏やかな気持にしてくれました。日本の伝統美、工芸品の味でもありました。謄写版で作られただけに、サイズには限りがあります。それゆえによく計算され、無駄のない凝縮された画面になっています。土俗性、素朴な伝統の玩具の色や形を彷彿とさせるものです。小さなサイズの蔵書票のあの色のおしゃれだったこと。いぶし銀の魅力という人がいらっしゃいますが、すっかりファンになってしまいました。

祐生版画の幾つかの特徴を並べてみました。
(1) 作品の全てが孔版画 --- 謄写印刷器で制作されていることです。
「孔版画って版画なの?」とか「まるで版画みたい」という声を聞くことがあります。孔版画は版画の一方式です。東京・町田市に国際版画美術館というユニークな施設があり、祐生とは「榛(はん)の会」でいっしょだった孔版画家、若山八十氏のほとんどの作品が所蔵されています。ここには4つの版式を解説する部屋があります。
版画には4つの版式があり、今では社会的に認知されています。凸版(木版)、凹版(銅版)、平版(石版)、孔版(謄写版、シルクスクリーンなど)の4つです。孔版という版式が前3方式と大きく異なるのは、前者はすべて印刷物が反転して逆になりますが、孔版だけは上から下にインクを刷り込むため、逆像にならないことです。
祐生は、和紙にロウを塗布した原紙を2枚貼り合わせ、版としました。和紙の横目、縦目を勘定に入れて貼っています。

(2) 祐生の蔵書票や絵暦に代表される晩年の作品は、切り抜き技法で作られています。原紙にかいた模様を小刀で切りぬいていく手法です。
祐生は、この技法を発見したときの様子を、「謄写印刷中、原紙が切れてしまい、切れた部分からのインクの染み出した感じが美しかった」と言っています。
この技法(原理)は、数百年の歴史があり、もともと謄写版開発のヒントになっています。大正12年、東京の草間京平らによる孔版技術研究史上から見ても、最も古い技法のひとつが切り抜き技法でした。

(3) 私家版の多くが謄写版(鉄筆版、毛筆版)の併用で制作されました。
自画、自刻、自刷、製本、発送。自宅に出版社と印刷・製本所を持っていたようなものです。テーマもその時々の関心によって、玩具、手拭い、土瓶敷き、歌舞伎、姉さま人形、郷土史的なもの、人物などなど。読み物に多色刷りの孔版画の入った和装雑誌なのです。急速に姿を消しつつある伝統文化を後世に残したいという意図がありました。
たとえば「手拭い」です。そこでは、手拭いのデザイン、歌舞伎などでの結び方、日本人と手拭い文化を紹介しています。当時、西洋手拭い(タオル)の普及が進んでいました。祐生自身の中元・歳暮にもタオルやエプロンが目立つ時代になっていたのでした。
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