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板祐生学入門
[4] 広がるコレクション
文/志村章子

郷土玩具コレクションは、祐生の収集物を代表するものですが、採集に力を入れるのは大正7年、27歳のころからです。そのころまでには、“少々まとまったもの”として揮毫品、社寺お守札、御影、絵図、絵馬、宝船、納札、絵葉書、諸国おもちゃ、藩札、古銭、外国銭、郵券、レッテル、糸巻、土瓶敷き、手拭、杓子、箸、各種券、各種印刷物、その他土俗品、古文画集など。「関心のない人が見ればガラクタと思うでしょうが」と謙そんしていますが、すでにもうこれだけ自信のある分野を収集していたのです。
素人のコレクターから質的に大変化をとげるのが、大正7、8年(28、29歳)のとき。大阪の趣味グループ「珍道楽」への参加です。大阪朝日新聞の記事を見て祐生が接触したのですが、翌年には東京の有名な趣味の会「我楽他宗」に入会します。祐生は「我楽他宗に入ることで趣味の真髄を見いだした」と述懐していますが、主宰の三田平凡寺の思想、体質といいますか、相入れないところがあり、昭和2年に脱会しています。

明治から大正期は、こうした収集の会の活動も活発化した時期です。収集家によっては、一分野にしぼる人、たとえば狐、狸、納札(お寺まいりのとき建物や山門に貼る札)、餅、木魚、杓子一種だけです。また、なんでも、あらゆるジャンルを集める人。わが祐生さんは「収集品は一切制限なし」、こちらの方です。(郵趣の人はそれをトピカル、ゼネラルと言いますね。)
二つの有力グループへの参加は、交通の不便な山村の分教場にいて、ほとんどを郵便に頼って孤独に収集活動に励んでいた祐生に、同好の士との交流“雅交”のきっかけを与えました。趣味活動に関心のある新聞記者、玩具研究の第一人者川崎巨泉との交流も始まります。巨泉は祐生に数多くの貴重なおもちゃや情報を提供しています。

大正期、すでに熱意と志と行動力さえあれば、大都市中心に趣味のネットワークは構築されていたのです。大正期は、後に大正デモクラシーの時代と呼ばれたように、政治、社会、労働、文化運動と、さまざまの分野での民衆の活動が花開きます。今までは、事務印刷器として利用されてきた謄写版も、小さなメディアの道具として新たな層の利用が広がります。
特に郷土玩具に的を絞って、そこまでの歴史を簡単に見ておきましょう。
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