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助田茂蔵さんの謄写版絵
田中 栞/編集者


福井県鯖江市在住の孔版画家・助田茂蔵さんの横顔を紹介します。昭和14年から謄写印刷業を営んだ助田さんは、56歳で初めて絵筆を握って以来、86歳の現在まで花をテーマに描きつづけ、孔版画頒布会「野の花の会」を主宰して精力的に作品を送り出しています。筆者の田中栞さんはフリー編集者として活動しながら、印刷や書物に関するエッセイを各方面に発表。ガリ版ネットワーク会員。
(01.8.10)


[1] 謄写版本『花爺句哉』を手にして
今考えてみると、初めて助田茂蔵さんの名前を知ったのは、2年ほど前のことである。まだたった2年しか経っていなかったのかと、我ながら不思議な思いに包まれる。横浜に住む私にとって、鯖江(福井県)に住む助田さんが、今ではまるで何十年もの旧交を温めてきた存在に思えるからだ。
私は季刊「銀花」誌で「書物雑記」という書物紹介欄の記事を執筆しているが、1999年春号の紹介本のうちの1冊として、編集部から助田さんご夫妻の『花爺句哉』(はなやくや)が送られてきた。これが出会いの始まりである。
中身は謄写版刷りというが、一見、にわかには信じがたい作品であった。私も、この版式に魅せられ、ガリ版ネットワークの最初期から一会員となっている人間である。謄写版美術作品と言われる作品も目にしてきたし、謄写版雑誌や本も何十冊か蒐めた。しかし、この本に収められている花の絵は、今まで私が見てきた作品とは趣が違うように思われた。
謄写版というと、色刷りの手間をかけたにしても、木版画のようにくっきりと各色の部分の見分けが付くようなものが思い出されるが、助田さんの作品はそうではない。赤、青、緑といった色調が単一でなく、それも各部分に微妙な揺れがあって、なんとも立体的に仕上がっているのだ。目を凝らしてみても、何色刷、何版なのかがわからない。謄写版印刷で、こんなことまで可能なのか……。

『花爺句哉』 平成10年刊、限定300部

それだけではない。絵の素晴らしさもあったが、この本、枡形の折帖仕立てで夫婦箱入り、製本・製函もすべて家族だけで行ったと記されている。製本技術がまた見事で、40数枚にも及ぶ本紙を裏表互い違いに張り合わせ、一冊の帖に仕上げてあるのに小口の乱れが絶無である。これが家族工房による手製本だということも驚きであった。
私は早速、「野の花の会」と銘打たれた助田さんのお宅に電話をかけた。「1冊購入したいのですが」と、これは記事を書くための取材というよりも、自分が欲しいという動機からの電話であった。すると思いがけない答えが返ってきた。「もう、本は全部売れてしまって、手元にないのです」「えっ」私は思わず絶句。しかし、初めてのお電話で助田さん父子のお人柄は充分に実感できた。私が無類の本好きだということがわかると、茂蔵さんが「ぜひうちへお出でなさい。いままでに作った本があります。お見せします」と熱っぽい口調で誘惑してくる。そうは言っても、鯖江? 何県だったろう……。仕事、子育て、本に関するいろいろな研究会の用事もあって、おいそれとは遠出ができないのだ。

助田茂蔵さんの謄写版絵 [1] [2] [3] [4]
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