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ガリ版ネットワーク日誌 [2002年2月 (2)]


2月某日
中国の天津から電話があった。日本人留学生のTさんからで、「李志林から頼まれて電話をした」という。父・李紹甲さんは、戦前、堀井謄写堂天津支店に勤務、来日して謄写技術を学んだこともある。私が1994年に李さんを訪れたときは、昔ながらの四合院に住んでおられたが、旧居は取りこわしになり、高層アパートに転居、新住所とともに知らされたのは、当時80歳だった李紹甲さんの訃報であった(1997年7月逝去)。あれから8年、大都市天津の変貌はいかばかりだろうか。
李さんは、生前『中国孔版文化史図冊』をまとめたいと言っていた。「堀井週報」(堀井謄写堂の社内報。もちろんガリ版刷り)も内容物のひとつ。李さんからいただいていたコピーを出してきて、李さんを偲んだ。昭和12年5月8日 第872号には、李さんの消息が記載されている。
「分店 上海 変リナシ。漢口 変リナシ。天津 変リナシ。本年一月以来謄写版美術印刷講習ノタメ上京中の李紹甲ハ其ノ術ヲ収得シ、九日夜、東京発ニテ帰津スルニ当リ、七日夕主家を訪問、在京中の配慮ヲ謝セリ。」
李さんは、この部分を赤エンピツのケイ囲みにして60年近くも保存していたのである。

2月17日
ラオスの首都ビエンチャンに向けて出発(タイの首都バンコックで一泊、翌朝ラオスのワッタイ空港へ)。小学校教師を対象としたガリ版による「学級通信づくり講習会」取材と、助言者という若干の役割もあった。同行者は遠藤康さん(秋田県の角館南高校教員)と鈴木和枝さん(新聞記者。朝日新聞国際編集部)。「学級通信」、「文集」は、日本の教育の中で、特にガリ版が活躍した分野である。講習会は、ラオスの先生たちと日本の経験を学びあい、「学級通信」を実際につくることを目的としている。
遠藤さんは、「学級通信」を教師生活30年間に2200号を発行した経験を、鈴木和枝さんは、「通信」を受けとる側からの視点で話した。
私は、ネットワーク会員楠本公子さん(元・小学校教員)のつくった「学級通信」から見えるもの、をテーマとした。(くわしくは「小学校に根づくラオス製トーシャバン」を読んでください。)
ベストセラーの『世界がもし100人の村だったら』(池田香代子再話 C・ダグラス・ラミス対訳)では、世界を100人の村に縮めると、
大学教育を受けた人 1人
コンピュータを持っている人 2人
文字が読めない人 14人
などになる。
日本の謄写版が、とうに実用印刷器としての役割を終えているとき、ラオスでは謄写版によって教育改革を進めようとしている。新しい国づくりを模索しはじめた東チモールやアフガニスタンでも、謄写版は復興をささえる道具のひとつとして機能するのだろうか。すでにNGOの動きがあることも聞いている。

2月某日
テレビの人気番組「開運! なんでも鑑定団」をみていたら、1960年代の映画「ゴジラ」の台本3冊(ガリ版刷り)に60万円の値がついた!

(事務局・志村章子)
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