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ガリ版ネットワーク日誌 [2002年2月 (1)] 2月某日 2月のはじめ、松本市に出かけた。「赤羽藤一郎(あかはね・ふじいちろう)謄写版作品展」(会場・松本市立博物館 主催・松本市/松本市教育委員会/謄写版伝承委員会)のオープンに合わせての久しぶりの松本である。自治体主催での謄写版技術者の没後10年展の開催は、今まで聞いたことがない。2月2日と3日には、赤羽直系の技術継承者である佐藤英勝さんが、浮世絵多色刷りの実演を行った。彼は赤羽最晩年の弟子であり、現在は浮世絵復刻の作品づくりに活躍中。 さらに赤羽さんにふれておくが、晩年には衰退する謄写印刷文化を博物館建設によって後世に残したいと募金活動などを全国に呼びかけた。志なかばにして難病と闘うことになり、亡くなった。地元で博物館運動を支援した宮澤正巳、柳沢房芳、藤野力さんら謄写版伝承委の人々の奔走により、赤羽資料(作品、関連器材など)は散逸することなく松本市に寄贈され、永久保存となり、その一部は旧開智学校(重要文化財の建物が教育博物館になっている)の謄写室に展示されている。 オープン2日目は雪となったが来場者が詰めかけ、赤羽の遺した「東海道五十三次」、「木曽街道六十九次」、佐藤英勝さんの最新作を鑑賞していた。ネットワーク会員(首都圏、東北在住のみ)に案内状を郵送し、10人ほどの来場者を確認している。 感想のいくつかを記す。 (1) 教育県として知られる関係者らの取りくみ、現在まで謄写版伝承委員会を継続させ、赤羽の遺志 ―― 謄写版文化の顕彰・技術の伝承を継続してきた有志の方々の活動に敬意を表したい。会長の宮澤正巳さん、事務局長の柳沢房芳さんは、赤羽と同年生まれ。80歳になられた。準備から展示終了までの精神的、肉体的なご苦労はたいへんなものだったと思う。ご自愛ください。 (2) 来場者には、36歳の佐藤さんの存在とその技術を讃え、期待の声が多かった。 (3) 会場入口に設けられた赤羽・佐藤作品の販売コーナーでの売れ行きも上々。地元には少なくない収集家がいることを知った。 「謄写文化を後世に伝える、技術の伝承者の養成という謄写版伝承委員会の目的は、おおむね達成されたと思っている。今回の展示会が成功裡に終了してほんとうによかった」と謄写版伝承委員会の宮澤会長は喜びを語っていた。 なお、伝承委員会から、ガリ版ネットワークへ、赤羽作品(額装)一点が贈られた。ご報告しておく。 2月某日 ことしも新入会員と共に謄写器材の恵贈もつづく。1月末には、「母の家を片づけていたら、たくさんの孔版器材が出てきたので……」という電話が娘さんからあり、6個の大箱に詰まった器材が届いた。1970年代まで孔版画を制作されていたことがわかる。その他2人の方からの器材も届いて、玄関が山積み状態。体を斜めにして出入りせざるをえなくなり、1日半をかけて整理した。 2月某日 「ガリ版を始めたいので器材を揃えたい」との電話。「春の頒布まで待てない」とHさん(イラストレーター)、事務所、そして倉庫であるわが家を訪ねてきた。6月まで待てない理由は、その月に出産をひかえているからとわかった。 (事務局・志村章子)
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