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ガリ版ネットワーク日誌[2000年10月] 10月6日 午後1時30分、鳥取県西伯郡西伯町、日野町を震源とする地震(のちに鳥取県西部地震と命名さる。マグニチュード7.3。阪神淡路大震災は7.2)が発生。西伯町にある「祐生出会いの館」に電話をかけるも7日午後まで通じず、館全壊、収集物の破損など、悪い方向へ方向へと想像が傾いていく。間もなく館の稲田セツ子さんから電話が入る。交通が遮断されていて、館に入れなかったこと、建物のゆがみ、土人形13体が粉々になったり、頭部の落ちてしまったりなどなどと聞く。 余震のつづく中でのたいへんな復興作業の後、11月1日、再オープンが実現した。 10月某日 理想科学工業が、高速デジタルプリンター「リソグラフ」(孔版印刷機)の新モデル「RISO V8000」を開発、発表した。同機最大の特徴は高速(毎分120枚)で2色同時印刷が可能になったこと。孔版という方式は隆盛をきわめている。 10月某日 横浜中区に10月13日オープンした日本新聞博物館(ニュースパーク)の開館記念企画展「号外で振り返る20世紀」が見たくて出かけた。 関東大震災時のガリ版号外がお目当てだったが、「大阪都新聞」(活版)のみ。興味をそそられたのが、「販売店で使われていた張り出し号外の印刷機(謄写版)」(毎日新聞門司港販売店久野新聞店提供)である。となりの展示品は、「現在販売店で使用の印刷機」として「リソグラフFR395N」。 張り出し号外とは、販売店掲示板に張り出すための号外のこと。毛筆原紙と抜き液が使われていたようである。骨太の大見出しなどにはうってつけ。展示品の印刷機は新聞判の大型サイズ。付属品はローラーのみ。説明文もわかりにくかったので、少々の訂正をお願いしたところ、以下のようになった。 昭和20年〜25年ごろまで使用されていた毛筆謄写版。張り出し号外(特報用紙)や店内掲示板、お知らせなどの印刷に使用。和紙にゼラチンを塗布した原紙に、細い毛筆やガラスペンなどを用いて希硫酸液のインクで号外原稿などを書くと、文字の部分が腐食する。スクリーン枠にその原紙を取り付け、インクをのせたローラーをスクリーンの上でころがし、下に敷いた紙に印刷する。筆を使い、ガリガリと音をたてて原紙に書く“ガリ版”とともに普及した毛筆版である。戦前は専用印刷機もあったが、本機は“ガリ版”と両用可能である。10月某日 いわき市草野心平記念文学館で開催の企画展「三野混沌展」(9月30日〜11月26日)を見にいく。会期中、混沌を知る詩人による記念対談、実技教室「ガリ版で詩集をつくろう」などの催しもあった。大正から昭和ヒトケタ時代の詩人たちのガリ版同人誌は素朴だった。 10月某日 鳴門市ドイツ館で12月17日開催の「BANDOプログラム再現記念イベント」のチラシ(謄写印刷3色刷)が送られてきた。現地の人でないとわかりにくいタイトルである。チラシには、「大正時代、世界最高峰のガリ版印刷物が収容所の中で創られた」「幻の多色刷謄写技法を80年ぶりに再現」などのコピーが散りばめられているので内容がはっきりしてきた。 (2000.12.8、志村)
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