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ガリ版ネットワーク日誌 [2001年5月(1)]


5月某日
今春の器材頒布作業日は5月19日である。今までに32人の器材申し込みがあった。第3期入会者は100人をすでに越えている。今回も頒布作業協力を申し出てくれる人がすでに7人。安心すると共にうれしい。事務局にハガキをくれた楠本公子さんもそのひとり。教職を退いて少々の時間が作り出せるようになったとのこと。“私をつくってくれた謄写版”のお手伝いをしたい、という。黒板の板書きと謄写印刷が上手な先生だったことが、ハガキの文字からも、よく見える。

5月19日
頒布作業の当日、集まったのは9人で、埼玉、千葉、神奈川各2、山形、宮城、秋田1名ずつ。地元テレビ局クルーも入ったので、“倉庫”は、ガリ版器材も多いが、人もやたら多い。(テレビ局の目的は、後藤さんの活動を番組にするため)
作業は、思ったより順調に推移した。協力者の謄写器材に関する知識に加え、事務能力の高さがものをいったのだと思う。
ガリ版ネットワークが生まれて7年、変化も生まれている。希望者に器材を頒けると、そのすき間を埋めるようにして新たな供給があったが、最近は、需要と供給がアンバランスになりはじめているようだ。毎回、無地厚紙、絵画ヤスリ、修正液(鉄筆用)の3位までが需要に応じ切れないのである。第4位が枠つきスクリーンというところか。
当然のことながら、今どき謄写版で制作されているのは、ミニコミ、詩集などの文字ものというより、孔版画である。無地厚紙のありかがわかったら、100枚からでもゆずってもらうことになった。シルクスクリーンの代用布も確保したいと、タイシルク(女性用の服の裏地)を早晩試すことにしている。

5月某日
ガリ版ネットワークには、20、30代の若手会員が増えつつある。今のところ、最年少者は、明石市の谷口達彦さんで、地元の謄写印刷店アンドー、トーシャの安藤信義さんに“弟子入り”したという人。この若さでガリ版に魅かれた理由とはなにか。最近、「神戸新聞5/5号」が、彼を“ガリ版職人の卵”として大きく取り上げた。
それによれば、大学受験中に「自然農法」の本を読んで、無農薬、無肥料で、あとは自然の力にまかせる農業に心動かされた、というのだ。もともと、はっきりしない形ではあったのだろうが、効率重視の現代に疑問が深まった。そんなとき、通り道にあるアンドー、トーシャのガラスごしに黙々と机に向かって製版作業をする安藤さんを見る。その姿に打たれて安藤さんを訪れ、“弟子入り”したというわけである。こうした手仕事(ガリ切り)で大量印刷が可能だなんてすごいことだと、謄写印刷器が斬新に思えたらしい。
高度な伝達、コミュニケーション手段が手軽に入手できる現代だが、若い会員がガリ版印刷に関心をもつ入り口(きっかけ)には興味をそそられる。昨年、はじめて謄写版でミニコミをつくるという新会員は「ひとのやらないことをするって格好いい。みんなに注目される」と言っていた。彼らは、「昭和堂月報」の細字と孔版多色刷りが、人の手から生み出されたことが信じられない世代でもある。「ウソッ」「まさか」という声を聞いたことがある。20年かけて謄写技術を極めると語った20代半ばの会員もいて頼もしい。
彼らのガリ版印刷への興味や接近には、世の中への批評を含んでいるように思う。「苦労して本当のしあわせが手に入る。機械のおかげで何もかも便利になった世の中に挑戦したかった」。この谷口さんのことばにも、そんなものがみえる。
そういえば、24歳で赤羽藤一郎に弟子入りした佐藤勝英さんも、きっかけは、昼休みに見たテレビの画面に映し出された赤羽の作業風景だった。職人(技術者)の手仕事が、新鮮さをもって若者を引きつけている。

(2001年12月3日、事務局・志村章子)
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