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印刷ASP/印刷Eコマースの行方 印刷ASPの停滞・挫折 インターネットによる印刷業務のサポート ―― 印刷ASP ―― の大型サービスが、欧米で相次いで名乗りをあげたのは、90年代の終わりから2000年にかけてでした。これに呼応して、日本でも商社や印刷関連メーカーが印刷Eコマースの事業に乗り出しましたが、その後の動きはあまり聞こえてきません。印刷ASPあるいは印刷Eコマースの現状は、かならずしも順調ではないようです。 個々のケースは追跡しきれませんが、代表的なプロバイダーのひとつと見なされたCollabriaは、とうにサービスを停止していますし、ImpresseはライバルのPrintCafeに買収され、やはり代表的な印刷ASPに数えられたNooshは、印刷からデジタルメディア全般にサービスをシフトすることで生き残りを図っています。 大型印刷ASPの苦戦あるいは挫折のおもな原因は2つ考えられます。 ひとつは、印刷物というものの複雑さです。印刷物の受発注では、双方が顔を合わせて打ち合わせても行き違いが生じることが多く、すべてをオンラインで処理するには仕様が複雑過ぎます。印刷受発注にかかわる情報や物資の流れが、すべてオンラインで処理可能であるかのようなモデルをかかげたところに、このサービスの無理があったと言えます。大型印刷ASPの中で比較的順調に見えるPrintCafeの場合、当初からプリプレスメーカーのクレオが参加しているのは示唆的です。印刷実務に通じていることが、現実的判断を可能にしているということかもしれません。 上のこととも関連しますが、もうひとつの原因としてビジネスモデルとしての粗雑さが考えられます。印刷ASPの登場時期は、ITバブルの最盛期(言い替えれば崩壊直前)にあたり、代表的なプロバイダーはそろって市場から数十億円の資金を集めていました。このことが、かえって運営を歪めた可能性があります。一般に、失敗に終わったウェブビジネスは、宣伝費の使いすぎで資金を使い果たした例が多いといわれ、印刷ASPについても同様のことが指摘されています。 個々のサービスは実現可能 それでは、印刷業務でのASPないしEコマースの可能性はすべて否定されたのかといえば、それは結論の急ぎ過ぎでしょう。印刷ASPがかかげたサービスのひとつひとつは、どれもウェブ上で実現可能であり、個々のサービスはどれも再検討・再挑戦の価値があります。 たとえば、 ・受発注者間のデータ転送だけをサポート ・刷りに特化したオンライン受注 ・一般消費者向けの名刺専門サービス ・PDFを利用した遠隔校正システム などのようにテーマをしぼれば、技術面やコストのハードルを下げることができ、実際に機能しているサービスもあります。遠隔校正の仕組みは、これからの印刷業務のインフラとして、あるいは印刷会社個々のサービスの一環として、導入が欠かせません。また、名刺のオンライン受注なども、将来の本格的なネット活用に向けた小さな試みとして、着手してもいい時期です。 以下では、名刺を例に、印刷Eコマースの可能性を考えてみます。名刺が軌道に乗ると、ハガキ、カード類へとサービスを広げるのは容易で、さらに、封筒、便箋、伝票など、定型商品のラインアップを拡充する楽しみが待っています。 ハードルは低い ウェブサイトでの名刺受注は、すでに広く行われ、大手プリントショップチェーンから個人サイトに近いものまで、さまざまな名刺受注サイトが動いています。 名刺のオンライン受注システムは、そのほとんどが初歩的な技術で運営されており、HTMLの基本がわかれば同様のシステムはすぐにでも作れます。EコマースとかASPというと、どうしても難しく考えがちですが、 ・わかりやすい価格表や見本の提示 ・製品引渡し方法の説明 といった一般消費者向け販売の基本が適切に実践できるかがカギでしょう。技術的ハードルは高くはありません。 いくつか例を見てみましょう。 「ビジネスカードステーション」は、キンコーズ・ジャパンが運営する名刺受注サイトです。 500種のデザインが用意されていますが、地味なビジネス用名刺ばかりで、見た目のおもしろさはありません。しかし、この「普通さ」は実用的なウェブサイトでは大切です。ウェブサイトの開設は、トレンディな感覚で行われがちですが、いくらデザインがすぐれていても人は来てくれません。ウェブサイトが提供するサービス(この場合は、名刺のオンライン受注)についても同じことが言えます。定番商品を的確にアピールするのが、ほんとうの意味でのサイトデザインです。 「ゆーめいし」は京都の名刺専門店が運営する名刺サイトです。「ビジネスカードステーション」とは対照的に、デザイン性を前面に打ち出し、ターゲットも女性や若者が中心です。客層はせまくなりますが、商品デザインに統一性があり、サイトとしてのイメージが鮮明です。 この両者に共通するのは、ビジネスモデルとしての簡明さです。どちらもコンセプトが明確で、Eコマースに不可欠と思われがちなオンライン決済を採用していません。 「刷り」の中抜きも 印刷物としての名刺を売るのではなく、画像だけを売るサービスも考えられます。「刷り」の中抜きにもつながり、印刷会社の得失を考えると採用しにくいモデルですが、そういう動きがあることは注目しておきたいところです。 名刺ではありませんが、大日本印刷が運営する「Hai! ごあいさつ」というカードデザインの販売サイトがあります。ユーザーはこのサイトから画像をダウンロードして、自分のプリンターでカードを印刷します。今のところ結婚と出産の各12パターンだけで、魅力はもうひとつでしょう。 サービス内容は、 ・利用料金は600円で、1週間以内なら何種類でも画像をダウンロードできる。 ・決済はクレジットカードかプリペイドカード ・無料提供の画像処理ソフトで画像を加工でき、一般的な画像フォーマットへの変換も可能 などで、これらを実現するには上で見た名刺サービスよりも高度な技術が必要です。 これとは逆に、「刷り」に特化した受注サイトも増えています。宣伝と信用獲得がうまく進めば(これが大きな課題ですが)、コンセプトは明確なので、成功しやすいサービスといえます。 オンライン組版の提案 印刷物のオンライン受発注をさらに高いレベルで実現するには、オンライン校正の仕組みが欠かせません。とくに名刺などの小物では、リアルタイムで出来上がり体裁を表示できると、ユーザーの信頼も得られ、誤字などの責任の所在も明確になります。ページ物についても、体裁の簡単なものならば、オンラインで原稿を流し込んで、その場で組み上がりを確認できるようなシステムが考えられます。 ウェブ上で組版を行うための仕組みをいくつか紹介します。上で見た例にくらべると技術的なハードルが高く、システムエンジニアなどの人材がいないと実装は難しいでしょうが、1社で開発できなくても、何社かの共同事業としてシステムベンダーに外注したり、ベンダーや業界団体に開発を働きかけることも可能です。 印刷業界ではおなじみの「リッチ・テキスト・コンバータ」の開発元アンテナハウスの製品に、XMLベースの組版システムXSL Formatterがあります。XML文書を流し込むと、あらかじめ用意された組版指示書(XSL)にしたがって自動的に組版を行うものです。サーバーライセンスやPDF出力オプションが用意されており、多数(無制限)の端末からこのシステムに原稿(XML)を送って、組版結果を取り出すことができます。使いこなすには、XMLとXSLに関する一定のスキルが必要ですが、開発元のサポートを受ければ(サーバーの知識はなくても)稼動させること自体は容易でしょう。同社のウェブサイトで製品版と同じ機能の試用版が配布されています。 高機能なフリーウェア ウェブ上で組版ができるシステムは、オープンソース(フリーウェア)でも配布されています。組版システムというより、トータル電子出版システムというべきもので、ページ物や単票など印刷物レベルでの高品位データの生成に加え、HTMLページの自動生成やiモードなどの携帯端末向けコンテンツ配信機能を備えています。 代表的なものとして、世界で広く使われているCocoonや日本のオープンソフトウェア団体横浜ベイキットの配布するBXSなどがあります。横浜ベイキットでは、帳票処理に特化したシステムTexHexも開発中です。 これらのシステムを利用するには、ウェブサーバーの知識が不可欠で、機能をフルに引き出すにはプログラミング技術も求められます。どこの印刷会社でも使えるといったシステムではありませんが、このようなものがフリーウェアとして配布されているという事実は承知しておきたいものです。人材さえあれば、ほとんど設備投資なしで自動組版システムを稼動させられる ―― これは破壊的な組版コストの低減を意味します。 拡大するネットの役割 印刷ASPの多くは、自分の傘下に印刷会社を囲い込んで、印刷にかかわる取り引きのすべての局面でマージンを吸い上げることをビジネスモデルにしていました。初期には「印刷会社が生き残るにはASPに参加する以外ない」というような強迫観念に近い認識から、いやいやASPに加盟した印刷会社も欧米ではあったようですが、どうやらこのモデルは崩れたと見られます。しかし、はじめに触れたように、初期の印刷ASPモデルが打ち出したさまざまなサービスは、そのひとつひとつを取れば実現可能なものがたくさん含まれています。 上で見た名刺のオンライン受注やオンライン組版もその例ですが、ほかにも着実に進んでいるものがあります。 たとえば印刷ASPが最も力を入れたオンライン仲介業務、言い替えれば調達システムは、官庁や大企業の調達サイトとして、個別に動き始めています。印刷ASPという大きな傘の下での調達システムは、いったん否定された形ですが、それぞれの発注者が自分の都合で開設する調達サイトは、これから着実に増えると思われます。 調達サイトの展開は、印刷業にとって目が離せません。調達サイトを開設するということは、広く一般に入札者を求めるということですから、これまでより新規参入の壁が低くなります。得意先を増やす契機にもなり、失うケースも増えます。 トータルサービスとしての大型印刷ASP/印刷Eコマースの挫折や停滞は、印刷業務にインターネットが役立たないということを意味するものではありません。以上見たように、個別のサービスやシステムに限れば各方面でさまざまな試みが進められ、少しずつビジネスとしての骨格ができつつあります。今後ますます印刷とインターネットの関係は入り組み、印刷業務におけるネットの役割も拡大することでしょう。 (02.07.17)
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