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小部数出版の期待を担って
SHOWA NEWS No.87
1999年12月15日号より 紀伊国屋書店の例 大日本印刷と凸版印刷がそろってオンデマンド出版に名乗りを上げ、いよいよオンデマンド出版の動きが、印刷業界でも本格化しそうです。 本誌前号で、紀伊国屋書店のオンデマンドサービスに触れました。大日本、凸版の動きを見る前に、これを簡単に振り返っておきましょう。 紀伊国屋書店がこの9月から始めた学術書のオンデマンドサービスは、柏書房、日本図書センターなど出版社5社と提携して、近代史資料を中心に当面40種をオンデマンドで提供するものです。 このサービスでは、まず学術出版社が書籍を選定して原本を紀伊國屋書店に送ります。書籍のタイトル、著者、発行年月などの書誌情報はウェブサイト「BookWebPro」に仮登録され、購入希望者は所定のオンライン注文書を使ってインターネットで紀伊國屋書店に注文します。 書店では注文を受け取り次第、ただちに原本および版下製作・印刷指示を富士ゼロックスに送ります。原本はXerox Documents On Demand-Jシステムでスキャンされ、DocuTechデジタル印刷機に送られて印刷・製本されます。 このようにして最初の1冊が作られ、購入者のもとへ送られると同時に、スキャンデータは次回以降の印刷のために富士ゼロックスのコンテンツ・マネジメント・サーバーで管理され、以後はスキャン作業無しに注文に応じて本が作られます。 この例は、印刷業界が馴染んできた仕事でいえば、復刻版の発行にあたります。歴史資料などの復刻出版は、年間に何部ぐらい出て、何年かければ売り切れるかという見通しが比較的立ちやすいものもあり、ある意味では確実なビジネスです。しかし、売り上げ規模からいえば、数百部ないし千部程度の本を数年あるいは10年以上をかけて売るのですから、売上額に比べて在庫の負担は大きく、資金回収も長期にわたるものとなります。 このようなジャンルは、今後かなりの確実性をもってオンデマンド出版に移行するのではないでしょうか。学術出版社などを得意先とする印刷会社としては、勇気をもって提案した出版形態です。 本格的な新刊出版 大日本印刷が雑誌『本とコンピュータ』編集部と協力して11月に実験を開始した「ホンコ・オン・デマンド」(HONCO on demand)は、新刊本のオンデマンド出版です。 この実験では、2000年10月までの1年間に約20点の新刊本を「HONCO双書」として刊行する予定で、ウェブサイトHONCO on demandや全国の特約書店を通じて購入できます。 オンラインでの注文は簡単。上記サイトで画面の指示に従って注文書を作って送信すれば、約1週間後に本が届きます。代金の支払いは郵便振替で、本といっしょに用紙が送られてきます。双書はブックデザイナー平野甲賀の手になる簡素な統一装丁で、標準装(並製)とフランス装(特製)のどちらかから好きなほうを選べます。 この実験の目的は、オン・デマンド出版方式による少部数出版の具体的な可能性をさぐるとともに、本格的なオン・デマンド出版のための基礎データをあつめることにあるとのことで、将来はウェブサイト「HONCO on demand」を、オン・デマンド出版に関心をもつ著者や出版社にも気軽に利用できるオープンな形態のものに発展させてゆくとのことです。 発足と同時に発売されたHONCO双書は、『〈手の仕事〉再発見』(鎌田慧、佐藤慶、長部日出雄、宮部みゆき、多田道太郎、鶴見俊輔、水上勉、清水哲男、鈴木志郎康、巻上公一、長谷川集平、徐冰、平野甲賀)、『国際円卓議論・本の未来』(上野千鶴子、タネート・ウォンヤンナワ、ロジェ・シャルチエ、ハワード・ラインゴールド、劉志明)、『青空文庫へようこそ インターネット公共図書館の試み』(青空文庫編)、『オンライン・マガジンを読み倒す』(仲俣暁生、水越伸、和田忠彦)、『だれのための電子図書館?』(津野海太郎)の5冊。いずれも、いわばデジタル文化とアナログ文化の橋渡しを追求するアクチュアリティに満ちたものです。 デジタル時代の総合サービス 凸版印刷と書籍取次業のトーハンは、オンデマンド書籍出版の合弁会社「デジタル・パブリッシング・サービス」を設立し、この12月からサービスを開始します。 このサービスでは、販売ルートの細い専門書や高価格本、入手困難な希少本や絶版本、雑誌の復刻版などのほか、自費出版、特定ユーザーへの企画本(学術団体、教育現場等)などパーソナル化する市場への対応も目指すとしています。当面は復刻版あるいは再版が中心となるようで、出版社に既存のコンテンツのデジタル化を呼びかけ、凸版、トーハン、出版社3者のノウハウを集めたデータベースをもとに、事業を展開するとのこと。この一、二年世界で行われてきた試みの中でも、最も本格的なものといえそうです。 事業内容として掲げられたものは、デジタルコンテンツデータに基づく書籍および他新企画商品の企画・製造・販売/自費出版等の受託/電子ブック等の配信事業/コンテンツデータの管理・運用・営業等これらに付帯する一切の業務。ここに見られるとおり、デジタルコンテンツの直接配信も視野に入れ、現在考えうる将来の出版形態をすべて取り込んでいこうとする意欲的な試みです。 本の注文は同社と提携する書店特約店、また今後はトーハンの運営するウェブサイト「本の探検隊」や凸版の「コンテンツパラダイス」ででき、さらにコンビニエンスストアでの受け渡しや宅急便での配送も検討されています。 出そろった技術 上の例のほか、書籍取次業の日販が出版社29社の出資を募って、この10月から活動を開始したオンデマンド出版サービス「ブッキング」などもあり、しばらくこの分野の話題は続きそうです。 すでに触れたように、300部や500部といった小部数を従来の流通ルートに乗せることの無意味は、出版社はとうに自覚しているはずですし、在庫負担や資金繰りに耐えながら10年かけて初版を売り切るような販売計画がそういつまでも続けられるはずはありません。将来の小部数出版は必ずオンデマンド方式に移行すると思われます。 技術的な問題に触れておくと、データのスキャニングや組版についてはすでにクリアされています。カラープリンターでのオンデマンド出版はまだ時期尚早でしょうが、モノクロについてはゼロックスやIBMのシステムがすでに普及し、来年は大日本スクリーンも意欲的なシステムを市場に投入します。さらにいえば、DocuTechなどの本格的システムではなく、600〜1200dpiクラスの卓上プリンターでも可能なのがオンデマンド出版であり、中小印刷業でも検討に値する試みと思われます。 なお、オンデマンド出版では製本工程はかなり重要な意味を持ちます。この分野は現在もっとも意欲的にコンピュータテクノロジーを導入している分野であり、目的に添ったものもみつけやすくなっています。場合によっては、パーソナルユースに近い簡易製本機も、検討対象となりえます。 |
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