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ブック・オン・オンデマンド
[1998-11]
小部数出版の分野で、かねてから注目されてきたブック・オン・デマンド方式(オン・デマンド・パブリシング)が、実用段階を迎えようとしています。 ひとつは、一般紙誌でも紹介されるとこの多い北欧における動きです。これは出版側の動きで、具体的には、出版ルートに乗りにくい小部数印刷物の著者・編集者による試みです。これに対して、ブック・オン・デマンドを可能にするシステムの提供、すなわちメーカーや印刷会社の態勢も徐々にととのえており、たとえば国内では富士ゼロックスのオンデマンド出版サービスが軌道に乗りつつあります。これらの事例を踏まえて、ブック・オン・デマンドの課題と現状を探ってみましょう。 ブック・オン・デマンドの条件 ブック・オン・デマンド方式による出版は、オンデマンド印刷機のジャンルを開いたDocuTechの登場によって、具体的な検討が始まりました。先頭を切ったのは欧米の学術雑誌で、ごく一部に印刷製本工程を従来のシステムからDocuTechに切り換えるものが出て、コストの削減を実現しました。しかし、これを軌道に乗せるには、幾つかの条件が整わなければなりませんでした。 第1に、オン・デマンド印刷機の普及。これについては、DocuTechに続いて多くのメーカーが参入し、またディーラーやユーザー側の認識が深まったことで一応解決されています。 これに必要な印刷機は、必ずしも「オン・デマンド」を名乗るシステムには限定されません。オン・デマンド印刷を可能にするシステムは、メーカー、ディーラー、ユーザーがそれぞれの必要に応じて、自在に設計できます。たとえば、パソコンと小型プリンターを組み合わせたものは、素朴なオン・デマンド印刷システムと見なすことができます。オフィスでは、これはもう日常的な作業であり、プリンターから出力したものを簡易製本機でバインドすれば、ブックいっちょう出来上がり。このプロセスを、いかに商業ベースで可能にするかがブック・オン・デマンドの課題です。 第2に、印刷品質の向上。これは印刷機の普及と並行して確実に進んでいます。いったんは従来の印刷原理(典型的なオフセット方式)から離れるかに見えたオン・デマンド・プリンターの印字方式が、ここにきて先祖返りを見せているのもその一側面です。そのほか、今年のPRINTEK、IPEXでは、デジタル印刷システムが盛況でしたが、いうまでもなくその多くがオン・デマンド・プリンターを志向しています。IPEXの視察報告が日本印刷新聞(IPEX98レポート)にあります。 第3に、発注側におけるページデータの作成能力。オン・デマンドで本を作るにはページ組みの終わったデータが必要ですから、これは当然ですが、この問題は基本的には実現されています。発注側(出版社など)におけるレイアウトシステムの普及がそれです。 一般には、組版と印刷を発注側と受注側で分業する場合、カラーマッチングやフォントの管理などは受注側(印刷会社)がフォローする必要がありますが、実務に用いられるブック・オン・デマンド・システムでは、このような管理の手間は限りなくゼロに近くなければなりません。注文が発生するごとに、色の再現やフォントの有無をチェックしていたのでは、ブック・オン・デマンドというよりは、非常にコストの高い特注品ということになってしまいます。 原則として、ブック・オン・デマンドでは、組版システム(ないし、その出力データ形式)と印刷方式(印刷機)を固定すべきです。ブック・オン・デマンドは、小部数の発注ごとに試行錯誤を繰り返すシステムではなく、ボタン一つで目をつむっていても本ができてくるシステムが理想です。 第4に、通信速度の向上とコストの削減。極小部数の印刷物を作るのに、データの移動にコストがかかっては無意味ですが、この問題も相当程度進展してきました。また、コンピュータ自体の処理速度や通信速度の向上も大きく、ローカルエリアでのデータ交換も急速に低コスト・高速化しています。 またこの問題は、受発注システムの実現のためにも検討が欠かせません。小部数の印刷物のために宣伝費や営業費をつぎこむのは不合理であり、小部数の専門書などは読者の側で情報をたどって商品(書籍)を捜し出すというやりかたが、昔から行われてきましたが、今後はこうした経験的な探索に加えて、インターネットによる宣伝と情報検索が一般的手段となるでしょう。 通信に関連して、セキュリティの問題があります。インターネットを通じた書籍の注文とその確認、また適切な決済の方法が確保されないと、システムを社会的に開かれたものとすることはできません。 第5に、有効なデータベースの構築という課題があります。この課題はこれから取り組まなければならないもので、これに成功するということはオン・デマンド・パブリシングに成功するということとほとんど同義です。 この場合のデータとは、プリントアウト直前の完璧なレイアウト済みデータ、もしくはそれよりも加工度の低い生に近いデータです。一般に、加工度が低いほどデータは多目的に使えるので、加工度をどこでとどめてデータベースに蓄積するかは、成否を分ける重要な問題です。緊密・完璧に仕上げたレイアウト済みデータは再編集がそれだけ難しく、つねに同じ形でしか本を出力することができませんが、データの加工度が低ければ、注文に応じてデータベースから必要データを抽出し、1冊しかない本を低コストで作り出すことも容易です。 第6に、前項を繰り返すことにもなりますが、編集と印刷の一体化という課題があります。 ブック・オン・デマンドは、編集と印刷が互いの領域に入り込むような形で成り立つ作業方式です。印刷会社の立場でいうと、これまで以上に発注側の情報処理過程に食い込まないと、発注側との関係が維持できなくなります。逆にいえば、ブック・オン・デマンド・システムにおいては、印刷機・製本機はたんなるハードウェアにすぎません。スペックは一定のものが要求されますが、システム全体に占める比重は軽いのです。 富士ゼロックスの抜き刷りサービス 昨年9月にサービスを開始した富士ゼロックスのサービスBookParkを例に、実情を見てみましょう。 BookParkは「Book for One」をキャッチフレーズに、特注本を読者に直接届けるもので、当初からのサービスに、ダイヤモンド社の雑誌「ハーバード・ビジネス」と「ハーバード・ビジネス・ベストセレクション」からの抜き刷りの提供があります。最初の1論文につき2,000円、1論文追加するごとに800円という料金体系で、一般の書店に並ぶ書籍や雑誌に比べると相当割高ですが、専門家への資料提供という観点からいえば妥当なところでしょう。 まだサービス品目が乏しく、成否をいう段階ではないでしょうが、同社としては予定の進捗状況とみているようで、少しずつサービスが追加されています。このほかBookParkでは、学術機関などとも協力体制を模索しているようです。 海外では専門出版社も 同様の試みが海外ではさらに進んでおり、フランスのアッサム社は世界でDocuTechが導入されている720拠点のうち30拠点と提携して、ブック・オン・デマンドの国際ネットワークを作ろうとしています。BookParkのような雑誌の抜き刷りを集めてパーソナライズするのではなく、はじめから書籍としてデータを用意しておく方式のようで、年内に250冊をそろえる予定とのことです。 スウェーデンで、その名もBooks on Demandとして活動をはじめた組織は、作家が中心となったグループで、インターネットで注文を受け付け、書籍を読者に直接配布しています。この動きはさらに発展し、直接販売に加えて書店販売も行う新しい出版社ポーディウムが、作家協会の主導で生まれました。出版界の利益を損なうものとして、一部に反発する声があるようですが、それもこの試みが成功しつつあるからでしょう。 印刷会社の立場で 以上はメーカーや出版社を軸にした動きですが、印刷会社としてはどのようなアプローチが可能でしょうか。ブック・オン・デマンドを印刷業界から見た場合、とくに中小印刷会社で取り組む場合、有効なアプローチとして印刷会社と出版社が1対1で結び付く形が考えられます。つまり、従来から取り引き関係のある出版社と印刷会社が提携して、システムを立ち上げ、運用する。これには次のような利点があります。 第1に、両者にはすでに一定の信頼関係があるので、新しいプロジェクトに取り組みやすい。 第2に、なんらかの形で印刷会社側にデータが蓄積されているので、初期コストが抑えられる。 第3に、前項と関連するが、データ形式のばらつきが小さく、データベース化しやすい。 第4に、一般に中小出版社は専門分野あるいは独特のカラーを持っているので、宣伝の対象を限定でき、宣伝コストが低くてすむ。 とくに第2項は、印刷会社にとって重要な基盤であり、作業の出発点となるものです。眠っている資源をどう生かすか、どのような利用が考えられ、どのような実務が予想されるか、検討に値する作業と思われます。 本格化への課題 先の富士ゼロックスの例の話をもどすと、BookParkでは出版社や研究機関との提携に加え、東京、大阪などの複数の印刷会社との協力によるサービスの強化も進めています。提携先の印刷会社はいずれもDocuTechを導入していますが、出力はDocuTechに限定されないとのことです。適切な設備があれば、提携が可能ということでしょう。また、印刷会社がコンテンツの開発から出力までを独自に行い、富士ゼロックス側はデータベースだけを管理する形態も検討されています。 問題の焦点は、データ処理にあります。電子化された書籍データをどう管理するか。データをどのように抽出するか。それらをどのように組み合わせて、新しい本を作るか。データベースへのデータの追加は、誰がどのように行うか。データベースに入れるデータの加工レベルをどう設定するか。別々の所で別々の形式で発生してくるオリジナルデータを、どう整理するか。いずれも、印刷会社が単独で解決するには難しい課題です。 最後に、通信の問題と関連して触れましたが、受発注システムの確立という問題があります。オンラインによる小額決済といった課題は社会の動向を待つとして、業界団体などにおける取り組みも期待されます。 |
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